In Blue Skies

とある獣医の青年海外協力隊日記からのイギリス大学院留学

1年のはじまり。

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あけましておめでとうございます。

 

ということで、3年連続の海外での年越しになってしまいました。2016年。

 

あけた感じはしませんが改めてよろしくお願いします。

 

今年の抱負ではありませんが、やっぱり

 

就職

 

ですかね・・・・笑

 

年末に前職動物病院の院長や高校の友達と話をしたら妙に心配されました笑 

 

親にも心配されました笑

 

そうか!!

 

自分ではキャリアアップの為、協力隊上がり、だと特になんとも思ってませんでしたが、

 

傍から見たら、

 

30歳

 

無職

 

学生

 

なんだ!!!!

 

と、改めて再認識をしつつ終わった2015年でした笑

 

さて、肝心の就職ですが、最近少しずつですが、今までと考え方が変わりつつあります。

 

今までは、

 

世界中のいろんな人と働きたい。

 

という漠然とした想いしかありませんでしたが、

 

ここに来て、

 

まずは無事に卒業して「数年」日本ベースの働き方で海外で働きたい。

 

と思うようになってきています。

 

西欧中心主義や自分の意見をみんなの前で言うこと=素晴らしいということに毒されてないかい?

 

というのが、イギリス来て以降の最近の自分の疑問であり、少しずつ固まってきた考え方です。

 

 

イギリスでいろいろな人と話をしたり、講義を聴いたりして最近思っていることは、

 

外交的=ちゃんと自分の意見を言う人=すごい

 

ということに少なくとも自分は結びつかない。

 

ということでした。

 

なるほど、確かにペラペラ流暢に喋る人はいます。

 

一見もっともらしいことをいう人も多い。

 

でも、驚くほど中身が無いことも多いです。

 

セミナーや抗議でも、とにかく喋る人、自分の意見を言う人が素晴らしい

 

そういう風潮が残念ながら以前にも紹介しているスーザン・ケインが警鐘を鳴らしている「外向社会」としてイギリスでもまだまだ蔓延っているのが実情でしょう

 

 

内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力

内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力

 

 

 

自分のフラットメイトにはエクアドル人の女性がいますが、彼女は自分をはっきり

 

「私は内向型よ」

 

という女性で、確かにラテンアメリカンというイメージああまりない控えめな女性です。

 

でも、彼女と話すと自分の考え方をしっかり持っていて、

 

そういう深い考えを持った人と

 

話す

 

ということが自分にとって外向型の人のありきたりな発言よりも重要だということをとても感じさせられます。

 

以前の記事でも書いたような、

 

「あれ?」

 

って思うようなこと、そしてそれを

 

「素晴らしい」

 

て思うような人も多い。

 

 

haru031651.hatenablog.com

 

 

という現実もやはり自分には???だけれど、あります。

 

自分に自信がある

 

それは素晴らしいと思います。(自分には無いので)

 

でも、

 

僕らが社会を担っているんだ!

 

みたいな空気を出している

 

その感じが物凄く自分には合わないですね。

 

もっと言うと、小藪さん並に

 

イキっている人が嫌いなのですね笑

 

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日本の教育ってそんなにダメか?

 

自分は渡英するまで、

 

イギリスは教育の質が高い。

 

日本は教育レベルが欧米のと比べるとまだまだだ。

 

そんな「ステレオタイプ」な情報しか持っていませんでした。

 

でも、はっきりいいますが、

 

日本の少なくとも

 

医療関係や基礎的な教育に限っては、決して勝るとも劣らないと思います。

(そこしか知らないから)。

 

正直なところ、講義は全く革新的でも面白くもなく、

 

英語だから難しいように聞こえるだけで、非常に内容も浅く感じることも多い。

 

日本人なら英語が喋れる人だったら、もう少し上手く説明(講義)できるだろう

 

と思うことが非常に多い半年間だった。

 

講義の中で学生に聞く限り

 

「あの先生はわかりやすい」

 

というアラビック女性がいた。

 

確かに要点をついていて、非常にわかりやすいのだけれど、

 

日本の先生だったらあくまで

 

標準

 

だと思う。 割りとマジで。

 

(因みに、教え方として個人的に最高峰は本当に掛け値なしに今までの中で「予備校の先生」が一番上手いと思う。少なくとも聴こうとさせる話し方だったと思う。)

 

あと、いわゆる「頭がいい」とされている学生でも、正直自分の学生時代の周りの友達のほうが余程「頭がよかった」と思うことがこっち来てから多いです。

 

そういうのが積み重なって、今現在勉強はしていますが、

 

これ・・・日本で勉強している人にどんどん追いぬかれてしまっている・・・

 

日本社会で働いているほうが、余程こんなこと、ロジカルに考えれるぞ・・・

 

何を勉強面で得れている自分??!!

 

と思えて仕方がない・・・(厳密にはいろいろと得ているんでしょうけど感覚の問題ですね)

 

という焦りがあります。

 

だから、いろいろ日本だと確かに制約も多いのかもしれないけれど(あとやっぱり労働環境は糞だと思うことも多いのですが)、

 

日本社会をベースで数年もう一度働くこと。そして、そのいいところ、悪いところをもう一度咀嚼して、吟味していくこと。

 

っていうのは実は自分にとっては、今後国際社会で働いていきたいなら、非常に大事なのかな。

 

と。

 

 

今なら、日本社会しか見えてなかった時よりも見えること、得るものも多いんだと。

 

自分はやっぱり「典型的な」日本人だと思うし、それはでも決して恥じるべきことでは無いんだと思うんですよね。っていうより、全然それはそれですごいことだと思うようになれたと思います。

 

日本人の強みは討論で言い負かすことじゃなく、結果を出すこと。だと。

 

それがたとえ西欧流に沿わなくても。

 

和を尊びつつも、「オレ流」を貫き通す。

 

矛盾のようで矛盾じゃないこのやり方をなんとか獲得したい。

 

そんな思いを胸にあと8ヶ月。

 

時間は待ってはくれないので、

 

なんとか、かんとか自分の中でもっといろいろ練り上げれるような一年にしたいと思います。